バセドウ病体験記vol.01 私のバセドウ病歴

今回のテーマは「私のバセドウ病歴」です。

私の体験を語るにあたって、まず私のバセドウ病の病歴をお伝えしたいと思います。

私のバセドウ病歴と特徴

私のバセドウ病歴について、図にまとめました。

私の場合、それほど重度のバセドウ病ではなく、発症当初は首の腫れもほとんどありませんでした。問題は、再発を繰り返す不安定な状態であることと、バセドウ病が原因で様々な不調を引き起こしてしまったことです。そのため、数値が良くなっても不調は残ったままとなり、常に体調が悪い状態が続いています。

バセドウ病は数値が落ち着いてからが戦いというタイプです。恐らく私以外にも、このタイプの方は多いのではないかと思います。

バセドウ病の数値は落ち着いているので、甲状腺の専門病院で様々な症状を訴えても「バセドウ病のせいでは無いので別の病院を受診してください」で終わってしまいます。

どこまでがバセドウ病と因果関係があるのかは定かではありませんが、バセドウ病になってから発症・悪化した不調は下記のとおりです。

・自律神経の乱れ

・うつ状態

・パニック症状(嘔吐恐怖)

・機能性低血糖症

・生理不順、生理痛、PMS

バセドウ病ではないと思われる症状を感じた場合には、甲状腺の専門病院以外の医療機関の受診をおすすめいたします。

また、バセドウ病が不安定だった原因として仕事のストレスが大きく関係していたように思います。常に仕事で強いストレスを感じており、うまくそのストレスを消化できなかったため、バセドウ病もそのほかの不調も慢性化してしまったと推測しています。

バセドウ病の発症や再発にはトリガーがあると思います。心のストレス、体のストレス、それは人によって様々ですが、やはりストレス負荷が多ければ多いほど発症や再発のリスクが高くなるように感じています。

2013年 発症

まずは発症当時のことを詳しく振り返ります。

当時は大学4年生で就職活動中でした。今思えば就職活動のストレスに加えて、母との関係や自分の生き方で悩んでいたことが大きかったように思います。

不調が悪化したのは夏頃で、体重減少や疲労感を強く感じて近所の病院を受診したところ、最初の診断は「夏バテ」でした。

でも、どう考えてもおかしい…と感じていました。何もしていないのに体重が減る上に、過去に経験したことのない疲労感。もともと生理不順でしたが、この時は数か月も生理が来ていませんでした。

そしてある日、ふと「バセドウ病」と思ったのです。そう思ったきっかけというものが無く、本当に不思議なのですが、叔母がバセドウ病だったためその言葉が頭の片隅に残っていたのかもしれません。

ネットで調べてみると、とにかく症状が当てはまり、病院で自ら血液検査を依頼しました。こうして私のバセドウ病は発覚しました。

バセドウ病だと分かった時、心の底からほっとしました。何より怖かったのは、様々な不調に襲われているにも関わらず原因が分からない事でした。

また初めは誤診のあった病院に通い続けていたのですが、薬剤師の親戚から「薬の処方がおかしい、専門医のところに行きなさい」と言われて甲状腺の専門病院に移りました。

結果として専門病院に移ったのは正解でした。

以降、別の症状で色々な病院を受診した時も、専門医でなければバセドウ病の事はわからないことが多いのだと実感しました。実際、近所の内科などに行くと「バセドウ病の事はよくわからないけれど」と前置きされることもたくさんあります。でも、そう言ってくださる先生は良い先生だと思っています。逆に危険なのは、はじめに通っていた病院のように、専門ではない上によく分からないけれど患者を抱えてしまうという先生です。

少し話がそれてしまいましたが、甲状腺疾患は甲状腺専門の先生が在籍している病院を受診することをおすすめいたします。甲状腺専門の病院でしたら設備も整っていますし、手術、アイソトープなど選択肢も広がります。

2016年 1度目の再発

1度目の再発の原因は、正直に白状しますと私のせいです。これは誰でも陥る可能性があるのでぜひ反面教師にして頂きたいのですが、薬の飲み忘れが増えたことが原因でした。

1度目の再発前は正確には寛解しておらず、寛解1歩手前の状態でした。数値は正常範囲内になっていましたがメルカゾールは1日おきに1錠で治療は続いていました。ですが、もう症状も出ていなかったという油断と、職場に追い詰められてうつ状態になっていたことが重なり、自分がバセドウ病であるという意識がほとんど無くなっていました。むしろ忘れていました。

会社の飲み会では、バセドウ病ではNGとされているたばこの煙の中で危機感も無く何時間も過ごしていました。

喉元過ぎれば熱さを忘れると言いますが、数値が良くなって症状が無くなったからといって勝手に断薬することだけは絶対に避けなければいけませんね。本当に反省です。

バセドウ病は「完治」ではなく「寛解」する病気です。風邪のように治って終わりでは無く、寛解後も定期的に経過を観察するなどずっと付き合っていかなければならないということを改めて実感しました。

戒めの気持ちも込めて正直に白状いたしました。薬の飲み忘れには、皆様本当にご注意ください。

2018年 2度目の再発

1度目の再発以降、きちんと薬を飲んでいたため、2017年の12月に寛解しました。それからわずか数か月後の2018年4月、数値が少し悪くなりました。

はじめは「甲状腺の炎症かもしれないので、再発とは断定できない」との診断でしたが、その後検査をしたところ再発が確定しました。

当時は仕事が非常に忙しく、とにかく職場に追い詰められていました。それがトリガーになったように思います。

そして2度目の再発で辛かったことは、今までに無かった心臓の症状でした。

心臓が痛くなり、意識が遠のいて倒れる。意識が遠のくたびに「もうこのまま目が覚めないかもしれない」という不安で押しつぶされそうになりました。

原因については、甲状腺の専門医からは「筋力が減って心臓に負担がかかっているかもしれない」という説明を受けましたが、専門病院で検査を勧められました。

不安も大きかったため専門病院で心臓の検査をしたところ異状は無く「脈が速すぎて血液の供給が減って体が動かなくなっているのかもしれない」と説明を受けて、脈を抑える薬で改善していきました。

体が辛い、でも仕事をしなければいけない、もう会社を辞めたい、と当時は毎日のように泣いていました。この頃から精神的にもかなり限界になっていて、今振り返ってみるとうつ状態になっていたかもしれません。

真っ白な顔で出社して、倒れて、タクシーで帰るということもありました。

2018年 アイソトープ治療

結婚が今後の人生を考え直すきっかけとなり、2018年11月アイソトープ治療を行いました。

アイソトープ治療に関しては「バセドウ病vol.09」~「バセドウ病vol.11」でお伝えするため詳しいことは割愛しますが、この記事を書いている2019年現在はアイソトープ後の治療経過観察中ということになります。

以上、長くなってしまいましたが私のバセドウ病歴についてお伝えさせていただきました。11回の連載の中でより詳しく私の体験をお伝えできればと思いますので、お付き合いいただけますと幸いです。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

2 COMMENTS

谷垣内絢子

はじめまして。突然のご連絡失礼いたします。

障害者や高齢者、LGBTなどの“社会的マイノリティ”といわれる人々の可能性を伝えていくウェブメディア「soar」編集部の谷垣内絢子(たにがいとあやこ)と申します。
つのみさんのブログを拝見し、是非お話を聞かせていただけないかと思い、ご連絡させていただきました。

soarは、「人の持つ可能性が広がる瞬間を捉え、伝えていく」ことを目指し、狭義の”社会的マイノリティ”という言葉にとどまらず、様々な原因で可能性にふたをされてしまった人々にスポットライトを当てたメディアです。これまで約3年の活動を通じて、年間約100本の記事を掲載し、月間平均35万人の方にご覧いただいています。

soarウェブサイト http://soar-world.com/

私の知り合いの娘さんが最近バセドウ病の疑いがあると診断され、症状についてリサーチをしていたところ、つのみさんご自身の症状について書かれている記事に辿り着きました。つのみさんが書かれていた通り、当事者の方の体験談が少ないと感じていたため、素敵な絵で症例などを紹介されているつのみさんのブログは、今悩んでいる人にとって大変貴重だと感じました。

そこで、つのみさんのご経験を記事にできたらと思い、企画の方向性を考えるためにまずはGoogleハングアウトやSkypeなどのオンラインツールを使用して、1時間程度お話をお伺いできないでしょうか?

よろしければご連絡いただけると幸いです。

どうぞご検討を宜しくお願いいたします。

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tunomi

はじめまして。

この度はブログをお読み頂き、またお声かけ頂きありがとうございました。

soarウェブサイトを拝見いたしました。
学生時代に福祉に携わっていた身としては大変興味深く、
バセドウ病の事を広めるためにも、
ご協力できることがあればぜひお力になりたいと思っております。

谷垣内様のアドレス宛にメールにてご連絡させて頂きますので、
今しばらくお待ち頂けますと幸いです。

宜しくお願い致します。

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