新型コロナ体験談vol.1 発症から自宅療養の記録と、感染を通して感じたこと

はじめに

こんにちは、つのみです。

私は2021年5月に新型コロナウイルス感染症に罹患しました。軽症のため自宅療養をしましたが、3か月以上経った今も、コロナ後遺症に悩み続けています。

コロナ後遺症は長引く上に先の見えない辛さがあります。病気慣れしている私でも辛いですから、もともと健康な人の絶望感は想像に耐え難いものがあります。

普通の風邪等とは違い、いつ治るのかわからない、明確な治療法がない、色々な症状におそわれる、そういった中で大きな不安を抱えている方も多くいらっしゃると思います。

コロナ罹患以前から様々な病気による闘病生活を送ってきた私の目線で、コロナとコロナ後遺症の体験談をお伝えしていけたらと思います。

あくまで個人の体験談のひとつとしてお読みいただき、ご自身にとって必要だと思う情報がありましたら、上手に取り入れて頂ければ幸いです。

私について

一般企業に6年勤務しましたが、バセドウ病の再発やパニック障害をはじめ様々な不調が重なり退職しました。それからは自宅療養を続けて、現在に至ります。

詳しいプロフィールはこちらにもまとめていますので、よろしければご参考ください。

プロフィール

コロナに罹患したのは、寝込まずに1日を過ごせる日が増えたり、少しずつ食事をとる量が増えたりと、退職後2年以上かけてやっと体調が安定してきた矢先のことでした。

夜に発熱、コールドクターを利用

症状が出てきたのは、5月8日頃でした。

主な症状は、鼻水や咳など。当時は黄砂やPM2.5が多く飛来している時期だったのでそのせいかと思いましたが、5月10日の夜に発熱しました。

病院はもう終わっている時間。もともと闘病中で体力が無いのに発熱した状態で病院まで歩けるんだろうか。もしコロナだったら、外に出ることで誰かにうつしてしまうのではないか。まずは発熱外来のある病院を探さないと…。

いや、無理だ!これはもうお金の問題じゃない!

そう思って、お金はかかりますがコールドクターを利用しました。

コールドクターを利用するという判断は、結果として大正解でした。

深夜に先生が来てくださって、唾液によるPCR検査を行いました。

このPCR検査は口の中で唾液をためてから容器に出すと良いそうなのですが、そういったことを知らなかった上に、緊張や不安や発熱で口の中はカラカラで苦戦してしまいました。

またコールドクターの利用ははじめてでしたが、無駄のないテキパキとした診察で、あっという間に終わりました。深夜にも関わらず駆けつけてくださるコールドクターの皆様には、本当に感謝しかありません。

そして、結果をお知らせするまでには3日くらいかかりますと言われていましたが、2日後には電話がかかってきました。

陽性と聞いた時には、心臓が跳ね上がりました。

ですが、とにかく受け入れるしかありませんでした。

一番の恐怖は「うつしていたらどうしよう」

陽性が判明してまず思ったのは「うつしていたらどうしよう」でした。

先に結果をお伝えしますが、同居している旦那さんを含め全員が無事でした。

祖父が亡くなって間もなくのことだったので、陽性が判明する直前に1度だけ祖父母の家に足を運んでいました。そのため濃厚接触者は、同居している旦那さんのほかに、父と母。短時間でマスクをしていたので濃厚接触者にはなりませんでしたが、親戚数名と祖母にも会っていました。

祖母は80歳を超える高齢者、うつっていたら命にかかわります。

実家には電話で、泣きながら「迷惑かけてごめんなさい」と何度も謝りました。

父は「謝らなくていいから、迷惑でもなんでもないから、とにかくこっちの事は気にせず休め」と言ってくれました。

私は、誰にどう責められても仕方がないと、そればかり考えていました。でも、接触のあった親戚も、そうでない親戚も、義実家も、誰一人として私を責める人はいませんでした。逆に、体調のことを気にかけたり、心配してくれました。

これは本当に、私にとってありがたいことでした。

申し訳なさと、ありがたさの間で、ずっと泣いていました。

そして、たとえ自分に非がなかったとしても、むしろそういう感染予防を重ねてきた真面目な方ほど、強い罪悪感に襲われて自分を責めてしまうのがコロナの怖いところなのだと感じました。

もし会社に勤めていたら、と思うとゾッとします。たぶん、想像できないくらいに自分を追い詰めていたと思いますし、その心理的負担は計り知れません。

外食していたとか、遊びに出かけていたとか、感染予防をしていなかったとか、そういうことが無くても感染するのがコロナです。

真面目に感染予防をしてきたにも関わらずに罹患してしまった方は、たとえ周囲が何と言おうと、自分を責めない強い心を持ってほしいと切に願います

何のせいで、誰のせいで…

それから、最初は原因を探すことに意識が奪われていました。普段テレワークの旦那さんが1度だけ出社した時にウイルスを運んできたのだろうか。食事も睡眠もとれていなかったから免疫力が落ちていたのだろうか。病院、買い物、移動中の交通機関、いったいどこで。

何のせいで、私はコロナに…。

誰かのせいに、何かのせいにしたい気持ちに駆られていました。でもそういうことに、いつまでもとらわれたままではいけないと感じました。わからないことをいつまでも考えていても、意味がないと思いました。

もちろん、はじめは誰かや何かのせいにしたくなっても仕方がないと思います。コロナに限らず病気は辛くて苦しくて悲しいものですし、お金も自由も好きなことも根こそぎ奪っていきます。

私の20代は、常に病気がとなりあわせでした。バセドウ病、嘔吐恐怖症、パニック障害、うつ状態、原因不明の不調…、それらに、あらゆるものが奪われていきました。

そういう経験を経てきたからこそ、病気がもたらすやり場のない辛さを、どこかにぶつけたくなる気持ちは当然だと思っています。病気に伴う大きな悲しみを、すぐに抑え込むのは無理な話です。

病気の理不尽さに直面した時というのは、何を責めたらいいか分からなくて、その矛先が自分や他人や社会に向きやすい傾向があります。

でも、自分や他人や社会を批判しても、病気は治りません。だから、いつだって、どこかで切り替えなければいけないと思っています。

とにかく、ありのままの今の自分の状態を受け止めて地に足を付けて、今この瞬間目の前にあることを、ひとつひとつ積み重ねていくしかないと感じました。

発症後の様子

ここからは発症後の様子をお伝えしたいと思います。

私は当時の様子を、スマホに記録していました。いつどんな風に体調が急変するかも分からないので、熱が何度まで上がったか、どんな症状が出たか、ということを毎日細かく記録しました。

症状の記録は下記の通りです。

  • 発熱
  • 鼻水、咳、喉の痛みなど風邪のような症状
  • 悪寒、鳥肌が止まらない
  • 腰の痛み、特に仙骨のあたり
  • 骨の痛み
  • 焦げたような臭い
  • 肺の違和感

私の場合、インフルエンザや風邪と違うと感じたのは、腰の痛みでした。「骨に響くような痛み」「激痛」と言う風に、記録をさかのぼると何度も「痛い」と書いてあります。これはかなり記憶にも残っていて、なぜか仙骨のあたりが痛くて「痛い、痛い…」と声に出して気を紛らわせないと辛い痛みでした。

肺に関しては違和感や多少の痛みはあったものの、血中酸素濃度も異常ありませんでした。コールドクターを利用して先生に診て頂いた時も、肺の音は問題ありませんでした。

熱は38度まで上がり、高熱の時の記憶は曖昧な部分も多いです。ですが、ひたすら保冷剤で冷やしても、あっという間に溶けていったことはよく覚えています。氷枕がなかったので、買っておけばよかったと思いました。

もともと首に巻くタイプの保冷剤が家にあったのですが、これが結構便利でした。氷枕のような使い方をしたり、おでこにのせたり、脇に挟んだり、使い勝手が良かったです。

高熱が落ち着いてからは悪寒が酷くて、体感では凄く熱っぽいのに、37度台の熱しかないということもありました。

発熱が落ち着いてからも、微熱や熱っぽさがダラダラと続きました。振り返ってみると、これも普通の風邪やインフルエンザで体験した発熱とは少し違うような感覚です。

これからどうなってしまうのだろう、という不安

発熱して寝込んでいる時は「これからどうなるのだろう」という不安と常に隣り合わせでした。ちょうどこの時、基礎疾患のない若年層の方が亡くなったというニュースが話題になっていました。

でも「なるようにしかならない」と、冷静な自分もいました。

様々な病気を抱えながら仕事をしていた時期に、倒れて意識が飛ぶことが何度もありました。脈が下がっていって、息苦しくなって、意識が遠くなっていく。検査しても原因がわかりませんでした。

当時は意識が遠のくたびに「今、体の中で何が起きているんだろう」「このまま永遠に目が覚めなかったらどうしよう」と、恐怖と不安で頭がいっぱいになりました。

また、朝起きてご飯を食べていたら熱が出てきて、病院で診察中に倒れたこともありました。熱は39度近くまで上がりました。先生たちも騒然として、ストレッチャーで運ばれてあれこれ検査をしましたが、結局これも原因が分からず解熱剤で事なきを得ました。

そんな経験があったので、正体不明の病気というものを、ありのままフラットに受け容れることに少し慣れていたのかもしれません。

今はただ、高熱が出ているという事実をそのまま受け止めよう。悪い方に考えても今の症状は良くならないから、今この瞬間を乗り切ることだけに意識を向けよう。そんな気持ちでした。

バセドウ病患者が気を付けることは?

この記事でも何度かお伝えしている通り、私はバセドウ病です。

2013年に発症、何度か再発して、2019年にアイソトープ治療を行いました。現在は概ね基準値で推移していますがTRAbのみ下がらず、現在はメルカゾールを週に3錠飲んでいます。月・水・金の朝に1錠です。通院は3か月おきに1度くらいの頻度です。

バセドウ病に関してはこちらに体験談をまとめていますので、よろしければご参考ください。

バセドウ病体験記の記事一覧

発症してまず不安になったのが「私、バセドウ病だけど大丈夫なのかな」ということでした。

先に結論をお伝えしますが、私の場合はコロナの症状が出ている間も、コロナ後遺症の現在も、バセドウ病が特別悪さをしているという実感はありません。

発症してすぐに普段通っている病院に問い合わせたところ、下記の様な回答を頂きました。なお、こちらは私のカルテをふまえた上で回答頂いたものですので、バセドウ病治療中の方は必ず主治医の指示に従ってください。

  • バセドウ病の場合は発熱で脱水症状を起こしやすいので、水分をしっかりとる。
  • メルカゾールは続けたままで良い。
  • 現時点(2021年5月)では、バセドウ病でコロナが悪化したというデータは無い。

まだ分からないことだらけのコロナですが、医師からこのような回答を頂けたのは非常に心強いことでした。

そして、バセドウ病の方に一番シェアしたいと感じたのは、水分補給です。亢進状態の代謝が良い状態で熱が出たら…、と想像すると、確かに水分が足りなくなりそうだなと納得しました。そのため水分補給については、どのバセドウ病患者の方にとっても等しく大切なことと思いました。

嗅覚の異常、コロナ後遺症のはじまり

こうして、軽症といわれる状態でコロナを乗り切ることができました。

熱も落ち着いた5月16日。

オリーブオイルとごま油を口にしたときに、違和感を覚えました。

最初は、熱が下がったばかりでまだ味覚がおかしいのだと思っていました。熱が出ている時って、味がおかしくなることが多いんです。でも、それにしても何かがおかしいと思いました。

味がしないというよりは…香りがしていない?

まさかと思って、急いでアロマオイルの瓶を手に取り、キャップを開けて匂いをかぎました。

何の香りもしませんでした。

ゼラニウムも、グレープフルーツも、ラベンダーも、どの香りも全て無臭でした。あまりにもびっくりして、アロマオイルが古くなってしまったせいかもしれないと思い、旦那さんにも匂いをかいでもらいましたが「ちゃんと香りがするよ」と言われました。

嗅覚障害で私の鼻がおかしくなったのだと分かった瞬間でした。

陽性を伝えられた時の衝撃も相当なものでしたが、この時の衝撃も結構大きかったです。

嗅覚が無くなるってこういうことなんだと、初めての感覚に唖然としました。「嗅覚がなくなる」という一言から想像していたものよりずっと、大変なことのように感じました。

そして、ここから何か月もかけてコロナ後遺症の症状の数々に悩まされることになっていきます。

コロナ後遺症については、また次回からお伝えしていきたいと思います。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。私の体験談が少しでも参考になれば幸いです。